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熊本地方裁判所八代支部 昭和30年(ワ)115号 判決

原告 有村ナミ

被告 津奈木閔吾

主文

被告は原告に対し昭和二十五年七月十二日以降昭和三十一年十二月七日までの間の一箇月当り金二千二百八十円の割合による金員(総計金十七万四千八百五十三円)を支払え。

右期間に於ける原告その余の地代請求を棄却する。

原告その余の請求につき訴を却下する。

訴訟費用は五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

本判決第一項は原告において金三万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し水俣市浜字鷺五十四番の十五(元五十四番の二宅地九十二坪五合中)宅地四十五坪六合の地上に建設してある同所家屋番号浜第十号一、木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十五坪五合外二階坪十七坪五合、一、木造トタン葺平家建釜屋其他一棟建坪五坪五合一勺を昭和三十三年二月七日限り収去してその敷地を明渡せ。被告が右建物の買取請求をなすときは被告は昭和三十三年二月七日原告から金五十九万二千九百九十円を受取ると同時に前記各建物を原告名義に売買を原因とする所有権移転登記手続申請をなし、且右建物を原告に明渡せ。被告は原告に対し前記宅地につき昭和二十五年七月十二日以降昭和三十年七月三十一日までは一坪当り一箇月金五十円の割合により、昭和三十年八月一日以降明渡までは一坪当り一箇月金八十七円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、前記請求の趣旨記載の宅地(以下本件宅地と略称する。)は原告の所有であるが、原告は被告が昭和二十年頃原告不知の間に右宅地上の前記請求の趣旨記載の各建物(以下本件建物と略称する。)を前所有者有村貞一から買受け所有権を取得し右宅地を占有していることを発見したので、右被告の占有は不法占拠であるとして、さきに被告を相手方として当裁判所に右建物の収去並に敷地明渡等請求訴訟を提起し、右事件は当庁昭和二十八年(ワ)第五一号家屋収去、宅地明渡等請求事件として係属した。しかるに審理の結果被告は右宅地につき昭和三十三年二月七日を期限とする賃借権を有するものと認定され、原告敗訴に帰し右判決は確定した。よつて、被告は右期限の到来により本件宅地を原告に明渡すべき義務があり、原告としては原告の二男有村正明が土地、建物を所有しておらず、郷里大口市においては適当な職業に就けないので、水俣市内で建築材料店を経営させるため本件宅地を同人に分与することとしており、既に昭和二十二、三年頃からその準備にかかつているものであつて、右宅地の明渡を必要としているものであるが、被告は前訴においても種々の争点を以て抗争しているものであり、右期限に至つて明渡を求めたのでは、その明渡訴訟に数年を要する実情であるので、即時権利の実現を求めることは不能であり、且最近では被告は本件建物を他に売却すべく買手を求めているので、今日において、前記賃貸借期限の到来と同時に明渡をなすべきことを求める必要がある。よつて被告に対し賃貸借期間満了の日である昭和三十三年二月七日限り本件建物の収去並にその敷地の明渡を求め、尚被告において借地法第十条に基き右建物の買取請求権の行使をするときは右建物の時価である五十九万二千九百九十円と引替えに売買を原因として右建物を原告名義に所有権移転登記手続申請をすると共に右建物の明渡をなすべきことを求め、次に被告は未だ曾て原告及び原告の代理人たる訴外浮池勇に対し地代支払の現実の提供をなしたことがないが、本件建物は店舗であつて、その敷地である本件宅地については昭和二十五年七月十一日以降地代家賃統制令の適用を除外されているものであるから、請求の趣旨記載のとおり現在及び将来の相当地代の支払を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告の主張に対し、原告は長女レイに対し土地を生前贈与した外本件土地以外には所有土地なく、本件土地は二男正明に分与する必要があるものであると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、本件宅地が原告の所有であること、被告が昭和二十年頃訴外有村貞一から右宅地上の本件建物を買受け所有権を取得し引続き右宅地を占有していること、原告がさきに当裁判所に被告に対する本件建物の収去並に敷地の明渡請求訴訟を提起し、右事件が当庁昭和二十八年(ワ)第五一号家屋収去土地明渡等請求事件として繋属し、審理の結果被告が本件宅地につき昭和三十三年二月七日を期限とする賃借権を有することを認定されたため原告敗訴し、右判決が確定したこと、右建物が店舗であつてその敷地である本件宅地については昭和二十五年七月十一日以降地代家賃統制令の適用を除外されていることは認めるが本件宅地の賃貸借期限は昭和十三年二月十九日以降三十年である。その余は否認する。右建物の時価は尠くとも百十万円以上である。本件宅地の地代は不明であるが被告は原告に対し地代の提供をしても原告が受領しないので、右地代を供託している。仮に原告主張のように賃貸借の期限が昭和三十三年二月七日までであるとしても原告には右賃貸借の更新を拒むべき正当な事由がないから右賃貸借は借地法第六条、第五条により更に二十年間存続するものである。そして、正当事由の有無は期間満了当時の事情によつて定むべきであるからその数年前において明渡の請求をすることは許されない。且原告の二男有村正明は現に就職しており、建築材料店を経営する必要がなく、殊に原告は昭和三十年八月本件宅地に隣接する水俣市鷺五十四番の十一宅地を原告の娘婿訴外浮池勇の子訴外浮池哲也に贈与し、訴外浮池勇は同年十二月頃右贈与を受けた宅地上に二戸建木造瓦葺二階建店舗を新築し、その中一戸を時計商に、一戸を衣料品商に貸与しているものである。原告に若し本件宅地の明渡を必要とする事情があるとすれば、むしろ、前記贈与にかかる宅地を訴外有村正明に分与することもできるものである。原告は被告に本件宅地の明渡を求めなくとも、水俣市鷺五十四番の十二乃至十五に合計百二十坪余の宅地を所有しており、前記訴外浮池勇父子も水俣市内に百筆内外の宅地、山林、田畑を所有しているものである。故に原告が二男である訴外有村正明に店舗を構えさすのに殊更に被告を追立ててその敷地の明渡を求める必要はないものである。之に反して、被告は妻子共六人家族であつて、他に格別の資産もないので、本件建物を使用して洋品雑貨商を経営して一家の生計を維持する外に途がなく本件建物の収去及び土地の明渡をすれば、一家はその日から路頭に迷わざるを得ないのである。而して被告が本件建物に居住するに至つた事情は、原告及びその代理人の訴外浮池勇の土地管理に当つていた訴外森喜衛門の勧誘によるものであつて、被告が有村貞一から本件建物を買受けた後は多額の経費を投じて大修理を加えているものであつて、今更他に移転することはできないものであると述べた。〈立証省略〉

理由

本件宅地が原告の所有であり被告が本件宅地上の本件建物を訴外有村貞一から買受け所有権を取得したこと、原告が被告を相手方としてさきに当裁判所に原告主張の請求原因により右建物の収去並に敷地明渡請求の訴を提起し、右事件が当庁昭和二十八年(ワ)第五一号家屋収去、宅地明渡等請求事件として繋属し、審理の結果被告が右宅地につき昭和三十三年二月七日を期限とする賃借権を有することを認定されて原告敗訴し、右判決が確定したことは当事者間に争がない。

原告は本訴において昭和三十三年二月七日限り本件宅地上の被告所有の本件建物を収去してその敷地である本件宅地を明渡すべきことを求めているものであつて、本訴建物収去、土地明渡を求める訴は将来の土地明渡請求権を訴訟物とする将来の給付の訴であることが明かである。而して、将来の土地明渡請求権を訴訟物とする将来の給付の訴が許容されるか否かにつき民事訴訟法上明文は存しないが、右訴についても同法第二百二十六条所定の「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合ニ限リ」許されるものと解すべきであるから、本訴将来の建物収去土地明渡を求める訴についてはまず「予メ其ノ請求ヲ為ス必要」があるか否かを審理しなければならない。

ところで、原告主張の明渡をなすべき期限につき、成立に争のない甲第一号証を対照して検討すると、右期限は期限の到来により明渡をなすべきことを定めた所謂明渡期限を指称するものでなく、借地法第五条の適用による更新のときから二十年の借地権存続期間の終期を指称していることが明かであるが、かかる場合につき、借地法第四条によれば、借地権消滅の場合において建物がある場合に限り、「土地所有者ガ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由ガアル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ベタ」場合を除き「借地権者ガ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ……前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス」旨規定し、同法第六条には「借地権者カ借地権消滅後土地ノ使用ヲ継続スル場合ニ於テ土地所有者ガ遅滞ナク異議ヲ述ベザリシトキハ前賃貸借ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ賃貸借ヲ設定シタルモノト看做」し、建物ある場合には前記「正当事由」がなければ土地所有者は「異議ヲ述ブルコトヲ得ス」と規定し、更に同法第十一条によれば前記各規定に反する契約条件であつて、「借地権者ニ不利ナモノハ之ヲ定メサルモノト看做ス」旨規定しているので、借地権の存続期間が満了しても土地所有者は当然には借地人に対し土地明渡を請求する権利を有しないものというべく、右存続期間の満了と同時に明渡の強制をなすには、右存続期間満了の時に土地所有者が明渡を求めるにつき前記「正当事由」を有することが必要である。故に本件明渡請求においても、原告が明渡を求める昭和三十三年二月七日当時において右「正当事由」を有することを明かにしなければならない。しかしながら右「正当事由」とは、賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、社会通念に照し妥当と認められる理由をいい、単に賃貸人が自ら使用することを必要とするとの一事を以てしては直ちに右「正当事由」に該当しない(借家法関係昭和二九年一月二二日最判集第八巻第一号二〇七頁以下参照)ものと解されるから、将来の賃貸借の存続期間の満了時における「正当事由」の存否を本件口頭弁論終結時の昭和三十一年十二月七日当時における事情を基にして判断することは不可能であり、仮に右期限到来前の事情を基にして判断するとしても、右期限の到来するまで同一の事情が存続するかどうか不明であるから、かかる判断は無意味であると考えられる。従つて、当事者間の合意により借地人たる被告が任意明渡をなす場合は格別、現在の状態においては、原告が将来の期限の到来により被告に対し本件土地の明渡を求め得るか否か未定であるといわねばならない。而して、将来の土地明渡を求める訴は、現在の状態において既に明渡を求める基礎的関係が成立しており、明渡請求の主張が単に期限の到来に繋かる場合においては許されるべきものと解されるけれども、本件の場合の様に将来の期限が到来しても更に前記「正当事由」の存否につき判断を要し、明渡の為されることが明白でない場合は「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合ニ」該当しないものというべきである。

しからば原告の本訴将来の土地明渡を求める訴、右将来の明渡請求権の存在を前提とする本件建物の収去、又は買収請求権を行使された場合の将来の右建物の明渡並に右建物の所有権移転登記手続を求める訴はいずれも訴利益を欠き許されないものといわねばならない。

よつて次に、原告の地代請求につき審理するに、(本件においては地代不払を原因とする現在の土地明渡請求の主張はなされていない。)被告は本件宅地の地代はこれを提供しても原告が受領しないので供託している旨主張し、成立に争のない甲第一号証、同第三号証によれば、被告は原告が地代の受領をしないため一部供託していることが窺われないでもないが右供託の日時、金額等については何等の立証がないから、右被告主張の地代支払の事実はこれを認めるに由ないものである。而して、被告が昭和二十年頃から引続き本件宅地を占有していることは当事者間に争がないから、被告は原告の主張する昭和二十五年七月十二日以降本件口頭弁論終結の日である昭和三十一年十二月七日迄の地代につき支払の義務を負うものといわねばならない。よつて原告主張の相当地代につき考えるに、本件宅地上の建物は店舗であつて、本件宅地につき昭和二十五年七月十一日以降地代家賃統制令の適用が除外されていることは当事者間に争がなく、右統制令の適用除外後右宅地の地代につき当事者間に合意が成立したことにつき何等の主張立証がないから、職権を以て右地代を算定するに成立に争のない甲第一号証の一部、証人細山田重義の証言(後記採用しない部分を除く)及び弁論の全趣旨を綜合すれば、本件宅地は水俣市内の商店街に位すること、附近地代は昭和三十年七月頃まで一坪当り一箇月金五十円位であるが認められるので、右事実及びその他諸般の事情を綜合すると、右宅地に対する地代は一坪当り一箇月金五十円が相当であると認められる。右認定に反する証人細山田重義の証言の一部、同平野基雄の証言は採用しない。しからば、被告は昭和二十五年七月十二日以降本件口頭弁論終結の日である昭和三十一年十二月七日迄の本件宅地四十五坪六合に対する右割合による一箇月金二千二百八十円宛の地代総計金十七万四千八百五十三円を支払うべきである。次に原告の本件宅地明渡に至るまでの将来の地代請求につき考えるに、成立に争のない甲第一号証同第二号証、乙第三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告が本件建物を買受けその敷地である本件宅地の賃借権の譲渡を受けた当時の本件宅地の地代は一箇月金十六円であつたこと、原告代理人訴外浮池勇は被告に対し右地代より相当値上した地代を請求し、被告は地代家賃統制令による従来の地代を提供したため右訴外人は右地代の受領を拒絶し、遂には被告の賃借権を否認し、前記統制令の適用除外後においても地代の協定に応じなかつたことが認められ、本訴において地代の請求をする外昭和二十五年七月十二日以降の地代の請求をしたことを認めるべき証拠がないから、被告の債務不履行については原告においても信義誠実の原則に違背する行為があるものと認められる。しからば、本訴において地代を定められるときは、被告が将来地代の支払を怠る虞はないものと推認される(右地代の支払を怠るときは右債務不履行を原因とする明渡請求が可能となる)ものであるから本訴将来の地代の請求については「予メ其ノ請求ヲ為ス必要」がないものというべきである。よつて、本件口頭弁論終結の翌日である昭和三十一年十二月八日以降本件宅地明渡に至るまでの将来の地代の請求は許されないものといわねばならない。

よつて原告の本訴請求を原告が昭和二十五年七月十二日以降昭和三十一年十二月七日までの一箇月金二千二百八十円の割合による地代の支払を求める部分の本訴請求を正当として認容し、右期間におけるその余の地代の支払を求める部分は理由がないからこれを棄却し、原告その余の将来の本件土地明渡及び右土地明渡請求権の存在を前提とする建物収去又は建物明渡、右建物の所有権移転登記手続を求める訴並に将来の地代請求の訴はいずれも訴の利益を欠き許さはないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条(職権による)を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉)

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